独学のすすめ   第一巻〜第三十巻   

全巻一覧最新巻

第一巻〜第三十巻 第三十巻〜第六十巻 

第三十巻 「篁林のお手本」 平成12年4月23日(日)

 昨日、渡辺さんから、篁林書道会の競書誌が届きました。娘さんや、友人にと複数部お持ちであったので、余ったものを下さったのですが、わざわざどうもありがとうございました。
 
 頂戴した、篁林のお手本をいろいろ見させてもらいましたが、自分の趣味に合うかどうかという点では、今年の新年号と2月号にある、服部桂山先生の楷書(半紙および条幅)と行書のお手本に、思わず、くぎ付けになってしまいました。なんといっても、そのバランスの良さに一部の隙もないという印象を受けました。行書には、王羲士の香りがぷんぷんと感じられ、どれほど精進すれば、このように書けるのかと、感激してしまいます。
 渡辺さんのお話では、桂山先生は、若い頃、いわきから、鎌倉の藍田先生のところに通いつめられたらしく、並大抵の努力では無いことが察せられます。とはいうものの、やはり天分の才でしょうね。努力で補うには限界もあるでしょうから、幼少の頃から、秀でた実力の持ち主であったことは間違いないでしょう。

 
第二十九巻 「独学とインターネット」 平成12年4月22日(土)

 この、独学のすすめを、いつもご覧頂いている方が、掲示板に投稿して下さいました、いわき市にお住まいの渡辺さんから、資料をお送りいただける旨の書き込みを読み、大変興奮しました。このサイトも目的が、まさしく、インターネットを通じての書の仲間を増やすことですので、こういう形で、ご返事を頂戴したり、いろいろな情報交換が出来ることは、私にとって無常の喜びです。
 独学で学ぶ身にとっては、なにより、一緒に書について語り合える仲間とのコミュニケーションがうれしく、お互いに刺激しあえる仲間ができることは、師が増えるに等しい価値があります。
 これぞインターネットならではのヴァーチャルsocietyの醍醐味ではないでしょうか。日ごろ、仕事にもメーリングリストにいくつか参加しておりまして、そのありがたさもすでに、いくつも体験しては居ますが、自分の主催する、サイトの上で意見交換ができるのは、すこし価値が違うのでは思います。
 このサイトを見ていただいている、訪問カウンターの数字も順調に増えてきていて、これを毎日確認するのも、励みにはなりますが、いったいどういう人が見てくれているのか、想像できないので、少し手ごたえがないという感じでした。

 
第二十八巻 「花押」 平成12年4月21日(金)

 今晩、仕事仲間と飲んで、最終電車に間に合わず、タクシーで今、たどり着いた所です。
お酒の席で、仕事柄、電子認証を日本流にやりたいねという話が盛り上がり、印鑑やサインの話題が続いた。
 花押というのはご存知でしょうが、古来の日本のサインそのものであり、欧米のサイン文化は、日本の伝統的なものだ。。。という。
 秀吉や家康、信長などの花押は有名ですが、現代の政治家も花押をよく使う。私の書の先生が最近、花押印を大々的に売り出されましたが、2年前に雅印と姓名印を彫っていただいたときに、花押印をプレゼントされたが、これが結構おしゃれなので、手紙や年賀状に使わせて頂いています。
 英国では、自分のサインのデザインをわざわざ、一流のデザイナーに依頼する習慣があるそうだが、どうだろう。ひとつ、花押のデザインと花押印を作ってみては!
 ご注文は、望月先生のホームページでどうぞ。

第二十七巻 「書への思い」 平成12年4月20日(木)

 仕事の仲間と飲む機会が多く、酒が深くなってくると、当然のように、おのおの趣味の話がたくさん出てくる。私も、ついつい書の話をすると、大抵の人は、小さい頃、書道教室で習っていましたということになる。理由はいろいろあるが、長続きしている人は少ないです。よくよく聞くと、書道教室に通っているときには、それほど楽しくはなかったという人が多いです。
私の場合は。近くに書道教室なるものがなかったので、経験がありませんが、書道ではなく、算盤塾にいやいや通っていたことを思い出します。昇級試験の前になると憂鬱で、塾をサボっては、草野球に夢中になっていたことも多かったですね。多分、書も算盤も同じ感覚なんだろうけど、親の都合でj塾に通っていても、ちっとも面白くないと、努力もしなくなり、上達も遅いので、そのうち、どんどん追い越されて、結局いやになって止めてしまうんだと思います。
 私の場合、書が好きになるキッカケは、祖父の「誉め殺し」でしょうか。小学校の5年生の頃にたまたま、筆を持って書いた年賀状を見て、えらく誉めてくれるので、その気にさせられて、練習に励むという感じだったです。筆を持つといっても、年に1回、年賀状を書くときに限られていましたので、普段から練習などはしていなくて、いつも、ぶっつけ本番、字の崩し方は、全くの自己流で、一点一角を大切に書くという気持ちはさらさら無くて、筆を縦横無尽に走らせるのが良いと思い込んでいたので、とにかく、流暢に書くことを心がけていたような気がします。
 父の変わりに、年賀状を書いていましたので、親戚の人たちからも誉められて、ますます有頂天になるということで、法事や披露宴などの会合があったときに、寸志の表書きを書いたり、料理の名札を書いたりも、進んで書いていまのした。
 中学3年の時に、富山市内の全中学校の書初め大会というのに、代表三人に選ばれて、行書の作品を書きましたが、そのときに、「特賞」をもらったのですが、当時、金賞が最高賞だと思い込んでいましたので、特賞の価値がまったくわからずにがっくりしていたことがあります。一週間ほどたってから、銭湯で小学校時代の恩師から、「新聞でみたが特賞とは、凄いねえ」と聞かされ、金賞よりも、上だと初めて知りました。なんと間抜けなことじゃありませんか。
 この時の課題はよく覚えていますが、本番一月ほどまえに、「躍進の立山」という行書のお手本が渡され、毎晩夜中の2時、3時まで、安い墨汁をさらに薄めて、古新聞紙で練習しました。ところが本番で、渡されたのが、「躍進の理想」ではありませんか。「躍進の」が、何枚も練習していましたから、行書の崩し方は何とかなりましたが、「理想」はまったく練習していなかったので、ぶっつけ本番です。字を、王と里、木と目と心に分解してみると、何とか崩し方が見えてきて、清書3枚を書き、一番良い出来のものを提出しました。数年間ではありますが、年賀状を書いていましたので、何とかなったのではと思います。選ばれたほかの二人の作品をみると、明らかに、「躍進」は、それなりにまとまっていましたが、「理想」の書き方はまったくできていなかったですね。周りも見ても、自分の方が上手いと思っていたので、特賞とは、努力賞くらいの価値としか思えなかったし、金賞は、最初からもらう人が決まっているんだろうなどと、想像していました。
 高校に入って、書か絵かを選択しなければいけなかったとき、どちらもやってみたかったんですが、書は一応「特賞」をもらったので、卒業して、それまでまったく経験の無かった、油絵を選びました。
 書との付き合いは、その後、年賀状シーズンのみになり、どちらかと言うと、暗いイメージであった書道を、わざわざ習いに行く気にもなれずに、30年以上もたってしまった。
 本格的に始めたキッカケは前にも書いたので、省略するが、「いつかは、先生にならって、正当な行・草書の崩し方を基本から」と思いつづけてきました。
 念願かなって、こうして、毎日のように、書に接していられることは、深い喜びにもなり、仕事の疲れを癒す絶好の趣味となって、楽しい毎日を送っています。

第二十六巻 「筍堀り」 平成12年4月16日(日)
 
 家の近くにある武蔵野工業大学都筑キャンパス内にある、竹林で、筍堀りのイベントが開かれたので、家内と参加した。10時集合で、約1時間半の間に、15本ほど見つけた。参加者の中には、初めての人も多くて、筍の見つけ方が分からず、なかなか探せない人もいたので、何本か、見つけたものをプレゼントしてあげたら、非常に喜んでいただいた。また、2本も大きいのを見つけながら、掘り出せないで途方に暮れている、おばあさんと娘さんがいたので、変わりに掘り出してあげたら、こちらも感謝された。
 最後に、取れたての筍にワカメを入れたお汁を作ってもらい、他にも手作りのチマキなどをご馳走になり、満足満足。今日は昼夜、一日中、筍尽くしだった。
 いろいろな準備など、大学生が中心になってのボランティアで、地域の交流に貢献していて、つくづく良いところに住んでいるなと実感した。
 筍堀で、疲れてしまったので、書は今日はお休み。

第二十五巻 「親離れ」 平成12年4月15日(土)

 今日から、夫婦水入らずの生活が始まる。昨日、娘が二度目のニューヨークへ旅発たった。
今度は1年間の予定で、英語を学ぶために、レナードバイリンガルという、マンハッタンにある語学学校へ再び入校する。昨年、半年の経験があるが、まだ十分な実力が身についていないそうで、これからの長い人生で、英語力は必須であるので、寂しくなるが、これも仕方が無い。
 3月末には、すでに息子が東海大学の海洋学部へ進学したため、清水市の三保に下宿を始めたばかり。小さい頃からの趣味を超えた、釣りキチなので、キャンパスのすぐ裏手が海という環境にはまって、毎日が楽しくて仕方が無いといったところか。
 いつか来るとは知りながらも、やや気の抜けたような気持ちである。書の方も、昨晩1時間ほど臨書を中心に筆を走らせたが、今いち気持ちが乗らないので、早々に止めてしまった。
 ここで無理をして、ペースを乱すと、後々に響きそうで怖いので。

第二十四巻 「墨」 平成12年4月14日(金)

 隔月の1日発刊の大判雑誌で、「墨」というのがあり、書を始めてから2年半ほど、毎号購読している。内容がかなり豊富なので、毎号を全部読むわけにはいかないが、古典の臨書のページは参考になるので、よく見ている。最初の見始めた頃、真夏でしたが、土日に上半身はだかで、何時間も汗まみれになりながら練習したのを覚えている。良い作品は毎号何十人か写真が掲載されるので、3,4回応募したが、結局だめでした。自分の方がうまいと思った作品も掲載がいくつも載っていたので、何か納得がいかない気持ちが一杯でした。
 今思えば、自分の力を過信していたわけですが、なかなか自分の力を客観的に判断できないのが、独学のもっとも難しい点です。

第二十三巻 「文部大臣奨励賞」 平成12年4月13日(木)

 こんな大賞をもらってみたいものです。もちろん私ではない。
新宿の都庁へと続くガード下に、飾ってある、鹿児島の小学校六年生の女の子の作品の前で、感動してしまった。10点ほど、優秀賞作品が飾ってあったが、この作品は群を抜いていた。これぞ、天才少女ではなかろうか。
線質といい、バランスといい、とても小学生の書いたものとは思えない。こういう作品に出会うと、圧倒させられる。ホントにすごい才人がいるものだと。
 莫山先生の中学時代の作品を、見た事があるが、これも凄かった!
まあ、以って生まれた天分の差はどうしようも無いが、一歩でも二歩でも近づこうと努力はできる。気を取り直して、精進しようっと。

第二十二巻 「色紙」 平成12年4月11日(火)

 望月先生から頂戴した色紙を、自分の部屋に飾った。
詩の内容は、先生の人となりがよく現れている。
 「種を蒔いて置いたらみんな生えて出てきた 僕は感謝した
  一粒のまちがいなくからを破って飛んで出た みんな揃って凛として声をあげているようだった」
 書には、自然とその人の性格が出てくるという。私の書は、自分ではよくわからないが、ある人に言わせると、私の書は、「理科系」だそうな。隅々まで計算されているという。果たしてそうかなあと、合点が行かないことの方が多い。
第二十一巻 「図書館の書の本」 平成12年4月10日(月)

 2週間ごとに、図書館に出向き、借り換えを行っている。日曜日には、これまで借りていた、殿村藍田先生と古谷蒼韻先生の詩歌書例100例シリーズを返却し、変わりに、同シリーズの尾崎巴鵬先生、近藤摂南先生、栗原蘆水先生、成瀬映山先生の4冊を借りてきた。
 同じ時間に、買い物に行っていた、家内と娘と待ち合わせたが、「また、書の本をそんなに借りてきたの」というあきれ顔で、出迎えられてしまった。
 小一時間で、一通り眺めたが、成瀬先生の字に、非常に興味を覚えた。なぜかといえば、どの字も、右下がりが徹底していて、私の悪い癖である、右肩上がりのきついことを矯正するのに参考になるなと思ったからでした。私とは逆に、右肩が下がり過ぎていて、少し嫌味に感じる位ではあるが、時々連綿を多用している作品なんかは、すこし習ってもようとも思う。
 栗原先生の作品にも、心引かれるものを感じた。どの字も横長で、素朴な雰囲気を漂わせているのであるけれど、筆をよく研いでいて、表裏をよく使い分けていることを感じる。この点、もう少しよく観察して、習ってみようと思う。

第二十巻 「自分の作品を飾る」 平成12年4月9日(日)

 息子が大学に入り、清水に下宿を始めたので、部屋の使い方に余裕が出てきたので、今まで、夫婦で共有していた和室を、私一人で占有することとなったので、壁に自分の書を飾ってみた。何ヶ月前の、課題で書いた半紙を額装しておいたもので、誰かにもらってもらう機会を探していたものですが、その機会が無く、飾る場所もなかったものです。
 部屋に入った正面の天井近くに、置いてみると、今まで何も無かったところにワンポイントが出来て、我ながら気に入っている。
 内容は、「江月夜深高」という文字を草書で書いてあるが、「深」のさんずいに自信がないので、他人に譲れなかったのが、本当の原因なのだが!

6日〜8日まで、仕事や懇親会が続いたため、更新をサボってしまいました。もし、楽しみにして下さる人があったら、申し訳ありませんでした。

第十九巻 「課題を選ぶ」 平成12年4月5日(水)

 今日は、大東書道の4月号の課題の締め切り日。
冰壷無影像」という半紙課題を、2日前までに、一応仕上げましたが、今朝になって、3枚の候補の中から、どうしても絞りきれませんでしたので、家内の意見を聞きました。3枚のうち、もっとも流れのある草書の一枚を彼女は選びました。やはりという感もありましたが、書き込みが足りなかったので、行書のを選びました。自分ではあまり、この手の書風を書いたことが無く、自己評価もできなかったので、大東ではどのような評価なのかという思いで決めました。
 いつも、5〜60枚ほど書くと、一応なんとか格好がついてきますので、候補となりそうななものに、雅印を押してまず、保管します。これ以上上手くかけないかもしれないという気持ちも働いております。ここで、一休みして、別の課題に移ったり、臨書に移ったりして、しばらく時間をおいてから、改めて、じっくりと眺めます。全体のバランスはいいか、線が弱し所はないか、行間はどうか、天地の空きはどうか、、など、辛い目で見直します。すると、必ず、1,2点うまく行っていない部分を発見しますので、あたらめて、今度は悪い点を年頭において、書き込みます。書風を変えずに、字の大きさや、変形のさせ方などのバリエーションをいくつか変えてみて、数十枚書くと、いつかピタリと決まるものに出くわします。これが、新たな候補作として、雅印をしっかりと押して、確保します。
 時間があるときは、書体や書風をいろいろ変えて見ます。この時は、比較的自由に、スピードの変化を極端にしてみたり、字の大小を大げさにしてみたり、誤字にならない限界まで、デフォルメしてみたりと、楽しんでいます。プレッシャーが少なくなっているので、この時は、手首から、力を抜いて、身体全体で書ける余裕を感じることもあります。また、筆が勝手に動くイメージをもって、筆を遊ばせても見ます。
 今月の大東の課題は、上記の繰り返しが出来たので、結局、選ぶのに困った3枚の候補が残ったというわけです。

 
第十八巻 「殿村藍田」 平成12年4月4日(火)

 昨晩紹介しようとした、2冊のうち、古谷先生の他に、殿村藍田先生を今日は紹介します。
二元社の詩歌書例100例シリーズの第2巻がそれである。これは、唐の王維、および李白の詩を100首集めたものですが、天才と言われている、殿村先生の力作がずらりと並んでいる。彼の作品を日展で毎年拝見するが、圧倒的に他の書家とは一線を画していると思う。
 私は最初に殿村先生の書にであったとき、とても上手いという感じはありませんでした。独特な形ではありますが、何かひきつけられる存在があると思いました。
 多少、自分のすきな書風を追求するのも一案だが、趣味の違う作品を鑑賞すると、ますます自分の書の広さが増すものと思います。

第十七巻 「良い作品に出会う」 平成12年4月3日(月)

 都筑区図書館から借りてきている2冊の書籍がここにある。
昨年始めに、シリーズで出された「詩歌書例100選」という、二元社から出ているもののうち、古谷蒼韻の揮毫作品が103点、良寛の詩歌を書いたものである。
楷書から草行書までバラエティーに飛んだ作品がずらりと並んでいて、まず、その量に圧倒される。自分だったら、半切1枚を仕上げるのに、2,3カ月もかかってしまうので、100枚もの大量の作品を仕上げるのには、並大抵な仕事ではないと思ってしまう。
 しかも、何種類もの書風が入り混じっており、次々と見ているだけで、どんどん引き込まれてしまう迫力がある。
 古谷先生のことはよく知らないまま、作品の3分の一の書風は、村上三島先生の書風によく似ているなと、いくつも見れば見るほど確信してきた。
 今日、奥付を見たら、やはり、三島先生に師事したとあった。
自分の先生の書風が理想だと思い、長年習っていると、どうしても、師に似てくるものだろう。
 他に2人ほど、三島先生以外の師以外に習った形跡を見つけたが、やはり、中野越南、辻本史邑の両先生にも習ったとの事が書いてありました。
  草書は自由にデフォルメできる楽しい書体ですが、いざ自分でデッサンしようとすると、非常に難しいのであるが、同じ詩を、2,3種類の書風・書体で書き分けてあるので、非常に参考になる。よくも、こんなにさまざまに変化させられるのかと不思議でしょうがない。長年の鍛錬の賜物なんであろう。とても足元にも及ばないと思う。
 一点一角をトレースして、イメージを頭の中に入れておくと、後からじわじわと染み出てくるんであろうなと思いつつ、細かい部分を念入りに見ていると、やがては手が自然と動くことを期待しましょう。

第十六巻 「書道用語」 平成12年4月2日(日)

 中国の古い書家の字を変換するのにいつも一発で変換できないので苦労します。王羲士の「羲」は、「義」ではないので、単語登録してあります。よく使う語句は、なるべく単語登録しようと努めていますが、ついつい面倒なので、忘れがちになります。だれか、MS-IME用の書道用語辞書をお持ちでありましたら、頂けたらありがたいと思います。
 さて、小職は、土木を生業としているので、会社のPCに、昔800語ほどに土木用語を登録したことがあります。会社の何人かに、分けてあげたら、大変喜ばれたことを記憶しております。
 どなたか、書道専門語の辞書を入手できるサイトをご存知でしたら、教えてください。
もし、無かったら自分で作るしかないかなあ!

第十五巻 「独学の勉強方法」 平成12年4月1日(土)

 いよいよ4月、年度もあたらまったので、ここで、自分の書の勉強の方法を整理してみましたので、なにか参考になりましたら、試してみてください。
 ●上達の基本は、とにかく出来るだけ、たくさん書くことに尽きると思われる。現代の書道界の最高峰、村上三島先生は、90歳近くにもなられるが、毎日6時間以上も書いておられるという話を聞いたことがあります。私は、会社員ですので、書に費やす時間は限られています。せいぜい、1,2時間が関の山でしょうか。それも、とても毎日とはいきません。仕事が忙しいときには、筆をもてない日は、2,3日続くこともあります。
 競書誌の課題が毎月最低3つは書きますので、それぞれ、100〜200枚は書き込みますので、これで大半の時間を使います。
 締め切り日が、3日、20日、25日なので、3日の大東書道の課題出してから、20日の書海をだすまでの間が少し余裕ができますので、臨書をします。今年は、筆使いの基本をきちっとマスターしようと、主に楷書を習ってます。とくに、もっとも難しいとされている、「九成宮」に取り組んでいます。
 ●筆を持てない時間には、書に関する本をよく、読みます。「墨」という大判の雑誌は定期購読してます。芸術新潮には、石川九楊先生の書道教室が毎月連載されていますので、本屋さんで立ち読みしてます。最近は、図書館から、5,6冊書道講座に関するものを借りて読んでいます。また、出張先で、少し時間が取れたら、古本屋に出向き、掘り出しものを探します。この前、三宮で、莫山先生の楷書の臨書の本が300円で売っていましたので、買い求めました。新しい本屋ができると、まず、書のコーナーの有無を確かめますが、郊外型のチェーン店では、殆ど書道関係の本を扱っていないので、がっかりします。
 ●書の展覧会の情報を知ると、なるべく時間をとって出かけます。赤坂のサントリー美術館
では、時々、書の名品を展示しますので、麹町にあるオフィスから、昼休みに抜け出し見に行くこともあります。毎年秋に開催される日展には、必ず出かけます。ここ2年間は、望月先生の講義付きですので、これは絶対欠かせません。入選作品の書評も併設されているので、一層理解が深まります。新宿センタービルに行く途中に、小中学生の入選作品がよく飾られていますが、自分よりもずっと上手い子もいますのでびっくりさせられます。
 いろいろな会派の発表会にも時々出かけます。書海社のものを昨年末に、東京都美術館で見ましたが、日展とは、まったく違うスタイルに驚きました。
 桜木町にあるゴールデン文具には、表装を頼んだり、紙などを買いに行きますが、併設されている、展覧会には、よく顔を出します。
 ●作品のデザインに参考にしたいと思い、教育テレビの新日曜美術館は欠かさず見ています。作家の生き様にまで深く掘り下げている素晴らしい番組です。オランダの画家フェルメールの事を知り、その天才ぶりには目を奪われました。早速、その画集を図書館から借りてきて勉強しました。若くして、これ以上できないという技巧の虚地を極めたとのことが書いてあり、まさしく、そうだと思いました。
 ●筆を持てない、書の本も読めない、鑑賞にも行けないとき、よく、「空中」に書を書きます。朝早くベッドの中で横たわったまま人差し指で、うまく行かない文字を練習します。
あの石川九楊先生も若い頃よく、空中に字を書いていらした事を知りましたし、奥様に不思議がられることがあったということを何かで読みました
●インターネットで、作品のサイト探しもよくやります。
アマチュアでも、上手い方はたくさんいらっしゃいますね。
●他に、親しい友達と飲むときなど、貴重な話を聞けますので参考になります。
 などなど。

第十四巻 「春夏秋冬」 平成12年3月31日(金)

 今日お邪魔した、横浜のある会社の打ち合わせコーナーに、私が贈った「春夏秋冬」の扇が、壁に飾られてあった。
 昨年、よく扇に揮毛していろいろな人にもらって頂いたが、こうして、大切に飾って下さると、大変ありがたく思うとともに、書きぶりが未熟なんで冷や汗をかくことも多いです。

 
第十三巻 「良い書をかくには」 平成12年3月30日(木)
 
  草書の古典として最もよく知られている「書譜」は孫過庭という人が書いたものです。はじめて書を志すものは必ず習うというものですが、この「書譜」は草書の古典的価値はもちろんのこと、その内容としても、最も歴史的価値があり、1300年たった今でも、その価値はますます貴重になるといわれている物です。 
 私が持っている、マール社の「書聖名品選集1 孫過庭書譜」を読むと、「良い書を書くときの条件を5つに整理している。

 (1)精神が伸びやかに和らいでいて雑用がないこと
 (2)感覚が研ぎ澄まされて、頭が冴え渡っているとき
 (3)天候が温和で大気にうるおいがあること
 (4)紙と墨がしっくり馴染むとき
 (5)ふと興が湧いて書いてみようかという気持ちになったとき。

 この文章を書いているのは23時40分であるが、昨晩も睡眠時間が4時間程度だったので、もう眠くてたまりません。ですから、いい書は書けそうにもありませんので、今日は筆を持つのを止めます。

第十二巻 「守破離」 平成12年3月29日(水)

 芸術の上達のプロセスを表すのによく「守破離」ということが使われます。
習い始めは、お手本を徹底して真似る。これを「守」という段階です。古典の臨書はもちろん、いろいろな書風の作品を真似てみるなど、まだ自分の個性などを発揮する段階ではありません。
 「守」の段階で、筆使いの基本を覚え、次に「破」の段階へと進みます。この段階では、単に古典の物まねではなく、少しづつ、工夫してデフォルメしていきます。個性あふれる作品を残すためには、通らなければならない道のりでして、ろくに古典も習わずに、一気に個性を発揮しようとしても、価値ある品質のものは出来ないものです。とにかく臨書を何百回となく繰り返すうちに、単に形を真似るには飽き足らなくなってきて、自然にお手本と違うものになっていきます。これが「破」という段階です。
 これを繰り返してだんだんと、自分の好みのようなものが見えてきます。臨書にかけた努力次第で、線質に差はありますが、お手本から次第に「離」れていき、ここで初めて個性といわれる域に達していきます。
 「離」を急ぐあまり、「守」をおろそかにしてしまうと、「破」の段階にもいけません。
書という芸術は、特に、上達するのに時間がかかりますが、このゆっくりとした上達の過程を楽しむ工夫いていけると長く書にしたしむことができると思います

第十一巻 「書の勉強」 平成12年3月28日(火)

 望月先生に初めてお会いしたのは平成十年の秋、東京都美術館で毎年開かれている日展会場でした。お互いの特徴をメールで情報交換していたので、すぐに会うことが出来た。早速書の会場に足を運ぶと、作品の解説を次から次へと、作者のことや作風のこと、墨の種類や筆の毛など、作品を見ただけで、あふれるように情報が出てくる。
 先生も、自分は長年独学を続けてきて、自分なりに工夫してきたノウハウを惜しげも無く披露していただけ、時間もあっという間に過ぎていった。
 素晴らしい作品の数々を目の前にして、素晴らしい解説を受け、日ごろの疑問も同時に質問させていただくという、この上もない勉強をさせてもらった。
 日展会場を出てから、上野駅の近くに早くからあいていた、ビールレストランに場所を移して、また書の話が延々と続き、筆や紙、硯や表装など、何も知識が無いので、先生に質問攻めし、忘れてはいけないようにとメモをたくさん取らせて頂いた。
 とにかく、急がしい先生を、一日中引っ張りまわして、あふれる知識を独り占めできたという経験は、生まれてはじめてのことでもあり、その後、書にのめりこむ大きな出来事になったのでした。

第十巻 「先生を作る」 平成12年3月27日(月)

 昨日のあさ、愛犬のグレースの散歩中に近所の散歩仲間の人に会ったとき、近所の町内会館で自分の通っている書道塾の展覧会を開催中なので、お目汚しに出かけてみてくださいと誘われたので行ってみた。
 ちょうど、塾の先生もいらっしゃったので、ひとしきり、書の話に花がさいた。
 生徒さんとは、あまりにもレベルが違いすぎるので、苦労話が通じないらしく、私が、独学で書道を習っている様子をいろいろと話すと、その度に同調していただき、次々と途切れも無く話しが続いたってわけです。
 今年も連展を開催するとの予定を告げると、もしよかったら、額がたくさんあるので、自由に使っていいですよという、ありがたい言葉もかけてもらった。
 独学ならではの出会いであろう。

第九巻 「床の間の作品」 平成12年3月26日(日)

  書を始めたきっかけが書斎を持ったことにあると前に書きましたが、もうひとつ理由がありました。7年前から住みはじめた今の家の和室に床の間がありますが、掛け軸というものを全く持っていなかったので、それなら自分で書いたものを飾ると安上がりではないかと思ったわけです。
 習い始めたときた当初は、とても掛け軸大の作品をまともに書けなかったので、床の間が何年も空席でありましたが、今は、望月先生から頂いた李白の詩が書かれた素晴らしい作品が収まっています。ようやく、自分の目標とすべきお手本が飾れるようになったのですが、書を始めてしばらくしてから読んだ本には、確か次のような意味の文章が書いてあったことを思い出す。
 「よく、床の間に自分で書いた作品を飾る人がいるが、自信過剰もはなはだしい。本来、床の間に飾るのは、自分が師と仰ぐお手本や、理想とする作品を飾るものである。自分の最も好きで、精進して一歩でも近づくように、毎日のように拝む存在なんである。」
 未熟の自分の作品を飾っておくのは、いつも反省しながら改善点を見つけ直すには、意味もあると思いますが、常時これを掛けておくことは望ましくないと思われます。
 今は先生におねだりして、頂いたものがずっとかかっていて、毎日のようにこれを拝見しては、いつも大きな感動を覚えています。
 ですから、自分の作品を飾る場所がなくなったので、周囲の人には迷惑でしょうが、強制的(?)にもらって頂いています。

第八巻 「書とゴルフ」 平成12年3月25日(土)

 書とゴルフに共通点ってあるでしょうか。
 無いかもしれないへれども、あると思って想像してみると楽しいもんです。
 筆の使い方とゴルフスイングに共通なことは、力の入れ加減です。望月先生の筆使いを始めて拝見したとき、直感的にこれはゴルフスイングに近いと思いました。
 筆を持つ指には力を入れすぎますと、筆の表裏をうまく使いこなせません。筆はまっすぐにしろとよく書の入門書に書いてありますが、これを守りすぎると、流麗な字はかけません。指にはなるべく力をいれずに、手首を柔らく保ちながらも手首をこねくりまわすのではなく身体全体で筆を運ぶと、力強い線質でありながらも流麗な字が書けるようになります。ゴルフクラブを握る指はなるべくやわらかく、手の中で小鳥をかるく握る程度がもっとも良いとされる。スイングしたら、クラブが手をすっぽ抜けてしまう位にかるく握るのがコツです。もちろん手首をこね繰り回すのは最悪です。スイング中にもっとも力が入るのは背中の筋肉なのです。これだけとっても書とゴルフスイングには共通点が多々みうけられます。
 作品を書くとき、半紙だろうが半切だろうが同じですが、書き始める前に、全体をあらかじめなぞってから、気持ちを集中して書き始め、一気に書き終わるといい作品ができます。これに反して、書き始める前に、あまり最後まで思い描かずに書き出してしまうと、途中で筆意が途切れますので、全体が流れるような作品はできません。ゴルフでも、事前に素振りしながら、落しどころをしっかり決め、風を計算しながら球筋を心に描いてみます。スイングを開始したら何も考えずに体の自由に動くことに任せます。書いている時もスイングしているときも、心は無にしないと集中できますと、結果は良くなります。途中であれこれ修正しようとしたりすると、気脈が途切れますので、全体のバランスが崩れてしまいまして、どこか不自然さが残ってしまって、たいていは悪い結果となってしまいます。
 ゴルフというスポーツが、他と比べて、もっとも違うのは、孤独なスポーツであるという点です。直接の勝負相手は、一緒に回っている同伴競技者ではなく、自分自身が勝負相手です。コースの自然が相手といっても良いですが、様様な自然条件と対峙してその攻略法を考えますが、結局はいかに自分の心をコントロールできるかにかかっていますから、全て自分の中で処理しなければなりません。失敗したからといって、他人を責めるわけにもいかず、ましてコースを責めるわけにもいきません。
 書をスポーツと考えれば、ゴルフと共通点があります。ふつう、直接戦う相手は、そばにいませんから、その相手は、紙だttり、墨だったり、筆だったりしますが、これは、相手というより強い味方でもありますが、所詮、個人的な作業ですので、自分自身が競争相手となるんではないでしょうか。まったく孤独な作業ということではないでしょうか。
 最後はちょっとこじつけかもしれませんでしたが、このように何か自分で得意なものと比較すしてみて、共通点は無いものかと考えるだけでも、非常に面白いと思われます。
 書がまだ得意でない方、ゴルフである必要はないので、自分の得意とするものと比較してみませんか。
 きっと新たな発見があり、書に深みと幅が生じてきますし、どんどんのめりこんでいけますので、知らず知らずのうちに上達していくでしょう。お試しあれ!

第七巻 「書斎」 平成12年3月24日(金)

  本格的に書を始めるひとつのきっかけは、自分の書斎が確保できたからでもある。娘が大学に進学して下宿をはじめたので、息子が娘の部屋に移ったので、それまで息子が居た6畳ほどのロフトが私の書斎として使えるようになりました。それまでは、コタツや食卓に書道の道具を広げて練習したいたので、書き終わるたびに、道具を全て片付けなければならなかったので、時間に余裕が無いとついついおっくうになっていた。ロフトは天井が低くて手狭ではありますが、道具の出し入れの必要がないので、少し時間が取れたときに、気楽に書けるという環境になりましたので、競書誌を取り始めました。
 私はいわゆるサラリーマンですので、勤務時間が長く、一日に何時間も練習に裂けないので、30分でもあったら書いてみようという気になるには、いつも道具や紙、手本、辞書などを周囲に広げておいても邪魔にならないスペースが必要だったのです。
 いろいろな書体を書いていたので、和紙の種類もかなり増えて、整理がつかないほど散らかってきたので、近くに住む、プロはだしの日曜大工が趣味の友人に、半紙サイズという特殊な形状の収納家具を注文しましたら、なんと、桐を使って、丁寧に仕上げてくれた素晴らしいものを格安で作ってもらえた。引き出しが10個あるので、大変重宝しております。
加藤さんとおっしゃる人で、会社の社長さんですが、日曜大工の道具がたまり過ぎたので、なんと富士の山麓に巨大なログハウスの別荘を購入し、ほぼ毎週のように、いろんな家具を製作なさっていて、今度自分のHPも開設されると聞いています。
 書に関する書物もどんどん増えてきて、本箱からあふれ、練習した紙も捨てずに取ってあるので、足の踏み場も無いといった状況です。
 書道家の書斎がよく雑誌に載っていますが、みなさん広くて整頓されたところで集中できる場所がなければいい書もかけないのかなあと思う。
 書斎を確保できただけでも贅沢なので、これを有効生かして精進したいものです。

第六巻 「公募展」 平成12年3月23日(木)

 私が購読している「臨池」という競書誌が主催している全日国際書道展という、公募展に昨年応募しましたら、なんと横浜市教育委員会賞という大賞をもらってしまいました。
 応募作品は、連展のために長く練習してきた漢詩を出しましたが、半年以上、200枚以上書き込んだものだったので、新人賞をもらいたいなという気持ちはありましたから、こんな大賞は、望外の喜びといえましょう。
 こうした公募展は初めての経験でもありましたから、自分の実力を試すのには、非常に良い機会でもありました。締め切り間際の前日ぎりぎりまで、どれを出そうかと迷いつづけました。どれをとっても大差はないようなものの、完璧なものはなく、いくつかの作品がそれぞれにいい所と悪い所が混在していますので、結局最後はエイヤと決めざるを得ないことにはなりますが。。。
 このような公募展などは目標をもつ良いチャンスでもありますので、皆さんもチャレンジしてみて下さいね。

第五巻 「展覧会」 平成12年3月22日(水)

 昨年7月末、「連展」という三人展を開催しました。
 1週間の会期中、150人もの人の訪問を受け、大成功に終わりました。
 仕事で知り合った仲間が趣味を肴に杯を酌み交わすうちに、だんだん気持ちが高揚してきて、どうしたことか1年半後を目標にして三人展を開くことがとんとん拍子にきまってしまいました。
 私は、以前から書を本格的に勉強したいと思っていましたから、これはいい目標ができるぞという気持ちで参加表明したわけです。のんべんだらりんと書を楽しむという生き方もあるかもしれませんが、どうもそれでは手ごたえがなさそうだったので、展覧会という確固な目標を設定して自分を叱咤激励する方が充実するだろうと考えました。
 私だけではなく、他の二人も同じ心境だったようですが、どうせアマチュアなんだから軽い気持ちでその時を迎えようと最初は考えておりました。自分のその時点での実力と準備のために使える限られた時間内で、出来うる作品の質の高さは、あくまで自己満足の域に終わるだろうと思っておりました。
 そこで、有効に時間を使って効率よく実力を向上させる方法は無いものかと思いつつも、どこかの書道教室に入って勉強するという気にはなれないまま、競書誌の存在に出会いました。購読を開始して課題をこなしていくと、短期間で身に付けなければならない内容があまりにも多いことに気づき始めました。中学3年の正月に、富山市内の中学校の書初め大会で特賞をもらったのが最後で、筆を持つのは年賀状を書く程度でしたから、全くの自己流で過ごしてきたために変な癖がついてもいました。
 ちょうど、その時に望月鶴先生に出会えなかったら、相当ひどい連展になっていたことだろうと想像されます。
 頻繁に添削をしてもらいはじめてからしばらくして、連展のことを切り出しまして、「先生、今の実力で、展覧会に間に合いますか?」といいますと、「なんとかしましょう、大丈夫ですよ」と言ってくださり、これは非常に心強い見方が出来たと、正直いって、幸せだなあと思ったものです。
 知人たちには、連展を開くことを早々と宣伝しておりましたので、「有段者でもないのに、展覧会なんておこがましい!」と、露骨に言われたりもしたので、こちらは、絶対、連展までには、有段者を目指すんだと心に誓ったのであります。考えてみれば、無謀なことでしたが、2ヶ月前には、何とか、準初段までにこぎつけました。
 その間、毎月課題をこなさなくてはならないし、作品を作らなければならないし、その合間を縫って会場の下見やDMの準備など初めてのことなので、効率が悪く、毎日睡眠不足となる生活リズムとなりました。趣味で書道を長く続けるためには、土日にまとめて書くのではなく、一日に30分でもいいから毎日毎日、続けることが大切だと、書の教則本には書いてあるのですが、毎日はもちろん、30分では間に合わず、2、3時間は費やしました。
 先生には迷惑をおかけしましたが、さほど書き込みもしないうちに送り、同じ個所を何度も直してもらって、少し良くなるとまた、すぐ送るということを何回繰り返したことか。
 「何とかしましょう」という、先生の一言を頼りに、授業料も一切払わないままに、強引に手伝ってもらいましたが、先生からは、いつも「同じ書を志す仲間として」、と励まされつづけて、何とか会期に間に合ったという次第でした。
 自分ひとりで出来ることは限られますが、いい仲間や尊敬する師がいると、途中経過はつらいこともあったが、ひとつの目標を成し遂げたときの感激はひとしおでした。
 少し高いと思われるハードルを設定して、頑張ってみられたらいかがですか。

  
第四巻 「競書誌」 平成12年3月21日(火)

 独学で書道を学ぶ時、もっとも頼りになるのが、競書誌と呼ばれるものです。
 私は、今3つの競書誌を定期購読しています。それぞれ、主催している会派によって特徴が違うので、一種類に絞りきれないまま、すでに止めたのが2誌あります。
 現在の3誌のうち「臨池」という地元横浜の割と小さな会派がやっているのと最も長く付き合っています。これの特徴は、会員数が少ないので、上達が早いことです。どの競書誌もだいたいルールはおんなじですが、毎月1回課題を提出すると、審査されて段級が決まるしくみになっています。「臨池」の場合、最初は9級からスタートしましたが、ほぼ毎月進級して、約1年後に準初段にまでこぎつけております。
 段級を取得するのが目的ではないので、本来どうでも良いのだけれども、毎月昇級できるとますます力が入りますし、ましてや優秀作品として写真に掲載されようものなら、一段と練習に励みになります。
 特に独学の場合は、この体験を望んで頑張らないと長続きしないと思います。すでに中止した2つの競書誌は、規模が大きすぎたのかもしれませんが、全く昇級しないので、自分には合わないと思ったわけです。
 あとの2誌は、いずれも望月先生の紹介で購読を始めたものですが、ひとつは「大東」といって、大東文化大学書道研究所が主催しています。これは、課題のお手本を書いてくださる書家が毎月変わりまして、同じ半紙サイズの課題を隷書・行書・草書・楷書の4種類に書き分けてあるので、基本的な字形の変化が学べますし、また毎月まったく違う書風なのでいつも新鮮さを味わえます。なお解説が非常に親切で学ぶべきポイントがよく整理されていますので、そばに先生がついて指導してくれているような感覚で勉強できます。こちらは、全国に会員が多数いて、なかなか昇級しませんので、現在は3級で頑張っています。作品が大判写真に掲載されてとき、先生がいち早く発見され、すぐにご連絡をもらい、大変うれしく思ったものでした。基本は独学ですが、壁にぶつかったときなどにはよく添削してもらっているので、望月先生の後押しの賜物だと感謝してます。
 最後の1誌も、望月先生のご紹介で、今年から始めまたばかりですが、「書海」という名前の競書誌です。この特徴は、なんといっても、もっともごまかしの利かない楷書を徹底して学べることです。先生も小学生の頃から、この「書海」で鍛えられたそうですが、相当な歴史がある名門だそうです。九成宮を臨書されている方はお分かりでしょうが、あの完璧な楷書を臨書を何度試みても撥ね付けられます。草書作品を書きながらも、常に楷書で腕を鍛えておかなくてはならないと教えられていますので、今年はこの「書海」で楷書にチャレンジしています。
 以上、私の取っている3誌をご紹介しました。毎月の課題をこなすのは結構しんどいですが、知らず知らずのうちに線質が良くなってきたことが自覚できるようになりましたし、作品の良し悪しを判断する眼も少しずつ備わってきたように思います。
 競書誌で勉強されている方、今1誌のみで勉強されていて、なかなか上達がはかばかしくないとお思いでしたら、あと1誌、まったく特徴の違うものを始められたら如何でしょうか。
 なにか発見があり、急に上達するきっかけになるかも知れませんよ。

 毎月の課題作品は、提出先から返却されてこないので、デジカメで写真をとり毎回HPに掲載しております。時間のあるときは、課題提出に至るまでのプロセスをできるだけ紹介しようとしてます。提出する作品を決めるのに、迷ったとき、なぜ迷ったかとか、どういう意図で書いたなど、自分でもあとで思い出せるよう残して行きたいと思ってます。

第三巻 「雅号、神左とは」 平成12年3月20日(月)

 神左という雅号は、会社の書の先輩から頂いた。
 雅号というのは、ペンネームですから基本的にはどうつけても良い。書を始めると、本名では物足りなくなり、どうしても雅号が欲しくなる。書の実力が伴わないうちは、雅号を添えても様にならない。書の風格と雅号の格式の高さが釣り合わないと、何処となく落ち着かないのである。
 さて、神左とは、実に恐れ多い名前を付けてしまったものである。ある晩、先輩と酒を酌み交わし、書の話が盛り上がった際、先輩に是非、良い名前をもらえないかと頼んだところ、現住所、出身地、親の名前、祖父の名前、尊敬する人などなどいろいろ調査を受けた。
 翌朝、巻紙に3つの候補名をしたためて持ってきていただいた。約束だからと、酒も相当回っていたのに、あれから一生懸命ひねり出してもらったとは、大変感謝している。
 3つの中で、一番読みの響きがよかったことと、神左の意味が良かったので、これに即断した。
 小生の出身は富山県富山市四方町であり、地理的には神通川の左岸にあたる。この関係で、神左とは、「神」通川の「左」岸に生を受けたというもの。
 神の名を付けたのは、大変、恐縮してたので、インターネットのある書の掲示板にこのことをハワイに住む書道家に尋ねたところ、過去に神の書道家は何人かいるそうだ。左ではなく、右だったら、右軍といわれる王羲士と同格になるが、左だから許せる。神に一歩でも二歩でも近づく努力を常に自分に課すことになるので、大切にしなさいと言われたので、恥ずかしながらも使わせて頂いている。
 過去に、「立山」とか「越舟」とか、生まれ故郷の山や川にちなんだ名前を付けてはみたものの、なかなか決め手に欠いていた。
 神左を名乗って、2年を過ぎたが、最初違和感があったこの名前もようやく、恥ずかしくも無くいえるようになった。

 書を習う塾の先生から、雅号を分けてもらうことが多いが、何せ独学ゆえ、その種のお恵みは無いので、自分で名付け親を探して、お願いしたというわけ。これも独学ならではの楽しみと密かに自認している。

第二巻 「望月先生との出会い」 平成12年3月19日(日)

私の先生、望月さんとの出会いは、インターネットでした。
書をはじめて半年ほどして、会社の先輩につけてもらった雅号「神左」の雅印を作ってくれる人をインターネットで探していましたら、栄昌堂ワールドというサイトを見つけましたら、なんと親切にもデザインを無料でしてもらえるというではないですか。すぐにメールで申し込んだら、書体や印鑑の大きさなどいろいろとアドバイスを頂いた。これが最初の出会いでした。
 雅印ができてきたとき、先生から、私の書が見たいとお申し出があったので、いくつかお送りして見てもらいました。
 そのとき、なんと無謀なことか、1年後に個展を開く予定であることをお知らせし、「今から間に合うでしょうか?」なんて質問をしたところ、「私が何とか間に合わせましょう」と言ってくださり、それから、なんと無料の通信添削が始まりました。
 すでに競書誌を3誌定期購読していたので、毎月、課題の締め切り1週間前くらいになると、先生宅に送って見てもらいました。先生は大変忙しいのに、特急で添削して下さり、また同時に臨書の仕方や作品の作り方など、さまざまな知識をご披露してもらうという文通が始まったのです。
 メール交換も同時に続き、手紙に入れ忘れた補足のコメントはメールで補完してくださるという、両面作戦で篤い支援が始まりました。

第一巻 「独学書道塾の目的」  平成12年3月18日(土)

独学で書道を始めてから、2年と半年ほど経ちました。
この書道塾を開くきっかけは、以前インターネットで書道塾を探していたときに見つけた個人の趣味のページで、先生の添削の様子を掲載されていたのをみたときに思いつたものです。
 私が独学で書道を始めたとき、インターネットで出会った望月鶴川先生に教わったのは、独学と独習は違うということ。独学といいながら先生にいつも添削してもらっていた私には、もはや独学でやっているといえないのではないかと打ち明けたところ、「独学は、自分で先生を選んで、どんどん教えを乞う姿勢が必要で、独習は、先生につかず、ひたすら自分で工夫すると教えられました。
 独習では、独善に陥りやすいという欠点があるが、独学はその気にさえなれば、いろんな人を先生にできるので、幅広いものが得られる。」

 書道塾に入って、そこの先生にのみ頼りきっていると、その一門は皆同じ書風になってしまい、自分とぴったり趣味が合えばいいが、合わないときは不幸なことになる。
 自分の書風を見つけることも難しいが、気に入った先生に出会うことも難しい。
 この「独学のすすめ」コーナーでは、私自信の書への取り組みをできるだけ皆さんにお見せし、とくに独学で書を学んでいらっしゃる方や、今、書道塾に通っているんだが、先生と書風が合わず、いろいろと迷っている方などに見てもらい、少しでもお役に立てればと思っています。
 できるだけ、頻繁に更新して行きたいと思っていますので、よろしくお願いします。
                                        塾長 畑 神左

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